選挙

昨日、衆議院議員総選挙がありました。

 

結果として、自民党は絶対安定過半数を取り、日本維新の会が約4倍近く当選者数を確保し大躍進でした。

 

筆者は、特に支持政党があるわけでもない、無党派層です。

 

しかも、ここ何年も選挙自体に行っていません。

 

何故なら、行く意味が無いから、です。

 

何故、行く意味が無いのかというと、選挙は組織で決まるから、です。

 

組織票という言葉があるように、選挙においても、組織が重視されている状況なわけです。

 

長らく、サラリーマンとして、会社組織に身を置く者として言えることは、組織において、個人の意見は全く反映されない、ということです。

 

組織において、反映される意見とは、トップと、その周辺の一部の人の意見だけです。

 

その他大勢の意見は、全く反映されません。

 

選挙においても同様です。

 

選挙が近づいてくると、街頭演説に立っている立候補者が、皆様の心清き一票を、と言っては選挙に行くことを促しています。

 

その清き一票は、組織票に対し、どれほど貴重に扱われるものでしょうか?

 

また、報道番組では、コメンテーターが、選挙に行かなければ、当選した人に票を入れていることと同義、と言って、選挙に行くように煽ったりしています。

 

事実、選挙に行って、その当選した人に票を入れていないのですから、そんなわけはない、と思ってしまいます。

 

さらに、選挙を税金配分の審判の日と称して、世代別の投票率の高いところから、税金が分配されるから選挙に行こうと、世代間の争いを助長するようなことを書かれている記事もあります。

 

ならば、税金配分のことなど考える必要がなくなるよう、最初から税金を徴収すること自体を止めてしまえばいいのでは、と思ってしまいます。

 

では何故、そのように、選挙に行くことを促したり煽ったりしているのでしょうか?

 

結局、選挙はビジネスであり、お金になるからです。

 

お金にするためには、宣伝と集客が必要です。

 

だからこそ、緊急事態宣言が解除され、コロナなど忘れ去られたような状況にし、選挙における街頭演説を盛り上げているわけです。

 

rapt-plusalpha.com

 

事実、選挙をするにあたり、何が必要になってくるでしょうか?

 

選挙に行くための投票用紙、投票用紙を有権者に郵送するための封筒、その封筒に用紙を入れる事務作業、郵送手続き、立候補者のポスターの製作、ポスターを貼るための木製掲示板、インターネット投票システム利用料、等々、

 

このわずかな選挙期間のために、身近なところでも、それだけの手間がかかり、その手間が選挙特需となり、その恩恵に預かる一部の企業の利益となるわけです。

 

では、このお金、何で賄われているのでしょうか?

 

そうです、税金、です。

 

つまり、税金を使い、一部の選挙ビジネス利得者に恩恵を与える、正当っぽい理由が、選挙なわけです。

 

政治家が税金の使い道を決め、その税金を使い、選挙を行い、関係者の利益に貢献しているわけです。

 

多くの庶民の方々は、政治家の甘い言葉に騙され、搾取され、一部の人の利益のために、選挙ビジネスの片棒を担がされているに過ぎません。

 

そのような状況で、選挙をすることに本当に意味を見出せますか?

 

自由民主主義の名の下に、民意を選挙によって反映し、幸福を享受できていると言えますか?

 

誰もが、選挙があること自体に疑問を持たなければなりません。

 

確かに、今の世の中、政治の世界においても、組織の中で力を持たなければ、何も変えることができず、庶民には何もできないのが実情です。

 

だからと言って、このまま、税金は搾取され、良いように使われ、私達、庶民が報われることが無くていいのでしょうか?

 

私達、庶民が満たされる術はないのでしょうか?

 

いえ、あります。

 

その答えが、RAPTブログ、にあります。

 

rapt-neo.com


一つ一つの事に疑問を持ち、疑問を疑問のまま終わらせることなく、

 

何故、そのようになっているのか?

 

何故、そのようである必要があるのか?

 

真理を追究していくことから始めること、

 

それが大切なことであると認識できます。