面談、引継ぎ

退職願を出すにあたり、迷いもありました。

 

10年以上も勤めた会社を辞めても、本当に大丈夫なのか、とか。

 

転職先で、周りとの関係がうまくいかなかったら、どうしよう、とか。

 

新しいところに行ったら、一からスタートすることになるから苦労する、とか。

 

退職という決意をするにしても、外からの邪念や雑念が、自分につきまといました。

 

戦友のSさんも同じような気持ちになっていました。

 

ただ、二人集まると、力が湧き、邪念や雑念を振り払うことができました。

 

やってもみないことにはわからない、迷うだけ時間の無駄、行動して駄目だったら、そのときはまたそのときに考えればいい、と決断をしました。

 

まず、転職先の入社が私よりも早い予定の、Sさんから退職願を出すことになりました。

 

Sさんは、直属の部門長がロッカーで着替えて、退社しようと階段を下りてきた際に、これ、受け取って下さい、と言い、渡しました。

 

(まるで、ラブレターを渡す、乙女のような感じですね。)

 

Sさんは、直属の部門長に個室に呼ばれ、退職理由や今後のことを聞かれたこと、思いのほかあっさりしていたことを、私に伝えてくれました。

 

Sさんの話を受け、次は自分の番だと、自らを奮い立たせました。

 

退職願を記載し、マネージャーを個室に呼び出し、退職願を提出しました。

 

マネージャーのほうからは、そうかー、決意は変わらない?、と聞かれました。

 

私は迷うことなく、はい、と答えました。

 

転職先は決まっているの?、とマネージャー。

 

はい、と私。

 

どこ?、とマネージャー。

 

いや、それはちょっと、と私。

 

それはそうかー、とマネージャー。

 

そのような無意味なやり取りの後で、マネージャーから、じゃあ、部門長にこの退職願を渡してくるけど、大丈夫?、と言われました。

 

私は、はい、大丈夫です。と答えました。

 

個室を出て、マネージャーと私は自席に戻りました。

 

その後、マネージャーはさっと立ち上がり、私の後ろを通り過ぎる際に、ハァーっと大きな溜息をついて、フロアーを後にしました。

 

(完全に、私に聞かせるための、溜息ですね。)

 

さらに、その後、私が退社しようとしたときに、部門長のほうからメールが入ってきました。

 

内容は、明日の朝、早いうちに面談がしたいので、時間をもらえないか、場所の指定は任せるとのことでした。

 

私は、明日の9時から、マネージャーを呼び出した個室を場所指定し、メールを返信し、その日は退社しました。

 

翌朝、9時が近づくころ、私はお手洗いに行こうとしたときに、最寄りのトイレが開いておらず、仕方なく、遠くのトイレに行くことにしました。

 

すると、道の向こう側から、部門長が歩いてきており、指定の個室から離れて別のところへ行こうとしている私を見て、怪訝な表情を浮かべていました。

 

そして、道の真ん中で接触した際に、何してるの?と言われたので、体の急用で向こうの建物のトイレに、と答えました。

 

すると、部門長は、じゃあ、その向こうの建物の面談室で待ってる、と答えました。

 

私は急いで、体の急用を済ませ、面談室へ向かいました。

 

そして、面談室に入室するやいなや、部門長から、清々しい顔をしているなー、と言われました。

 

(聞く人によっては、皮肉にしか聞こえないかもしれませんね。)

 

部門長と相対し、席につくと、部門長のほうからは、退職願のことだけど、と切り出されました。

 

はい、と私。

 

もう決意は固いの?、と部門長。

 

はい、と私。

 

辞める理由は?、と部門長。

 

やりたいことがありまして、と私。

 

そうかー、と部門長。

 

ちなみにSくんも退職するみたいだけど、知ってる?、と部門長。

 

(ちなみに、Sさんはその部門長の元部下でした。)

 

そうなんですねー、と私。

 

すると、部門長は、少し涙を浮かべながら、

 

Sくんのときも思ったけど、もっとZくんともコミュニケーションを取っていれば、と部門長。

 

私も至らない部分があったかと思います、申し訳ありません、と私。

 

いやいや、自分が全て悪い、と部門長。

 

自分のやってきたことは間違っていたのかなー、と部門長。

 

いや、そんなことはないと思いますよ、と私。

 

そうか、ありがとう、と部門長。

 

わかった、とりあえず、決意は固いということでいいのかな?、と部門長。

 

はい、と私。

 

では、Zくんが辞めることを、部内に共有してもいいかな?、と部門長。

 

はい、大丈夫です、と私。

 

(この当たりの受け答えは、転職エージェントからの話があったり、ネットでも様々な情報があり、わずかな隙も見せないことが大事というのが、定番のようです。)

 

では、話はこれで、と部門長。

 

両者とも立ち上がり、扉へ向かい、ドアノブに近かった、部門長が扉を開け、私が先に颯爽と出ていきました。

 

廊下に出て、その建物を出るための自動ドアへ向かう道が輝いていました。

 

(まさに、栄光の道であるかのような見え方ですね。)

 

そのドアを出て、左を見た瞬間、Sさんが立って待っていました。

 

(部門長と私が、その建物へ向かっていったのを、どこからか見ていたようです。)

 

渡した?、とSさん。

 

渡しましたよ、と私。

 

そっかー、とSさん。

 

同じ会社に入って、同じ苦痛を同じ職場で経験し、その苦痛と戦うために、ありとあらゆる策を講じ乗り越え、また、時を同じくして、同じ悩みを持ち、退職を決意した二人は、やり切った感に満ち溢れていました。

 

会社のためにとか、青臭いよなー、とSさん。

 

そうですねー、結局、何も報われないですからねー、と私。

 

残り一ヶ月。

 

10年以上勤めた会社を辞めるまでの残り期間、やるべきことは引継ぎだけだった。